移住者の声

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東北に身を置いて、自分を作る

株式会社VISIONOFFASHION(V・O・F)
代表取締役 菊地央樹さん

Profile

●1988年岩手県釜石市生まれ。
●大阪に13年住み、京都と東京で洋服店経営。それぞれの場所の文化や環境に合わせたアイテムを揃えたり、店づくりを行ってきた。それぞれの店は店長に任せ、2021年花巻市鉛に移住。
● kune
岩手県花巻市鉛字中野31-1

2023年取材(内容は取材当時の情報)

地域に溶け込みながら、オリジナルな空間

「皆さん、優しすぎるぐらい優しいですよね。外から来た人間も気持ちよく受け入れてくれて。子どもも地域の人たちが自分の孫みたいに育ててくれて。それから食材のクオリティとか、温泉とか、地域が持つ文化とか、贅沢ですよね。県外から知人が来ますけど、みんな感動して帰っていきますよ」

鉛温泉の奥、藤三旅館と豊沢川を挟んだ対岸にこんな集落があることを、恥ずかしながら初めて知った。農地で適度な間隔を空けながらそこそこ家が立ち並んでいる。集会所があったので、もしかしたらここが鉛の集落なのかも知れない。南を眺める鉛温泉スキー場が見える迫力ある風景。

13年住んだ大阪から移住し、ここの築100年の古民家を改修して、自宅を兼ねた、モードファッションのセレクトショップを始めたのが菊地さんだ。のどかな風景から1歩店に入って目に入るシックな空間に驚いた。

場所の文化を生かし理念や思想を大切に

菊地さんは釜石市出身。高校卒業後、1年間の川崎での工場勤務を経て、ファッションに関わる仕事がしたいと、縁があって大阪へ。ファストファッションの店舗に勤務しながら、趣味で友人たちとストリートスナップ(街で見かけた人たちの服装や着こなしをスナップ写真として撮影すること)を撮ったりしているうちに、どんどん仲間が増えていったのだそうだ。

23歳の時に、大阪の「おしゃれ」を代表する一角であるオレンジストリートに自分の店を持つ。そこにはそれまで一緒に活動していた仲間たちが集まってきた。
「あの通りで個人経営の店はあまりなかったと思います。仲間たちのおかげで人気の店となり、最終的には大阪市内に3店舗持ちました」

そのうちに、高校時代に通っていた盛岡のセレクトショップのオーナーとコラボしようということになり、盛岡の店を吸収する形で京都に京町家を利用して店「乙景」を出した。
のちに東京原宿に「CONTEXTTOKYO」も。最後には大阪の店を京都に集約し、東京との2店舗体制となった。
「京都の町屋は暗いので、その暗さを生かした店にしています。東京は目まぐるしく変わる街。ベースになる店にしようとコンクリート打ちっぱなしのインテリアにしています。流行に乗るのではなく、理念や思想を大事にしながら、その地に合った店作りを考えています」

そんな菊地さんは、2021年家族とともに花巻に移り住み、2023年4月から新たに「kune(食寝)」をオープンさせた。

暮らしと地域の文化の違いを取り扱う

東京や京都のスタッフとの意思疎通はどうしているのかという問いに対し、「顔を合わせるのは年1回です。ここに集まって焚火したり」との返答が帰ってきた。
もちろんネットでコミュニケーションは取れるが、それでもその答えに驚いた。
「実際に行こうと思っても、ここからは空港も新幹線の駅も車で30分ぐらいだし、東京は3時間ちょっと、京都も神戸空港使えるので便利ですよ」

それでは、なぜ花巻だったのだろうか。
「東京や関西は根っこが違います。やはり自分のアイデンティティは東北だなと思いました。とはいえ釜石の実家は津波で跡形もないし。花巻はここならではの文化が色濃く残っている。自然への畏れが文化のベースになっているから優しい。民芸とファッションを組み合わせたいと考えていますが、素材としてホームスパンや裂織もある。面白いところですよ」

花巻の店「kune」のコンセプトは「日日是好日」なのだそうだ。一日一日を大切に、季節の移ろいを感じながら自然とともに、生活とともにあるものを扱っていく。「kune」の営業は春から秋の土日月+祝日(12月下旬~2月ごろまでは休業)。
それ以外の時間は会社経営実務のほか、この場所をさらに充実する活動をしたいと語る。
「競い合いの現代社会の中で、ここは育てる、生み出す地域にしたいですね。地域全体をアートヴィレッジのようにできたら最高」

移住・定住ガイドブック「花巻ひと図鑑」より