移住者の声

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花屋から移住を機に農業者へ〜食べる花から飾る花までを手がける〜

ファーマーズフローリスト
岡居亜優美さん

Profile

亜優美さん●1978年神奈川県座間市生まれ。親戚が花屋だったことがきっかけで花の仕事に興味を持つ。ジュエリーの専門学校を出たあとも花の仕事を続け、友人の紹介で花巻市石鳥谷町出身のご主人と知り合って、2015年に結婚を機に移住。

花との縁は子供の頃から

「雨上がりで、足首が埋まるぐらいぬかるんでいるんですよ。長靴必要ですよ」と笑う岡居さんに、ご自宅の隣の畑を案内してもらった。長靴姿がよく似合う。都会の大手フラワーショップで店長をしていたという、かつての姿は想像できないが、夏の日差しの下の岡居さんは本当に楽しそうだ。

もともと家族も生け花の先生だったり、親戚が花屋さんだったりと、花々に囲まれて育ったこともあり、幼い頃から花屋さんになることが夢だった。高校時代のアルバイトも花屋さん。もうひとつ興味があったジュエリー制作の専門学校は出たものの、卒業後も長くフラワーショップに勤めていたという。

結婚を機に未知の花巻へ

フラワーショップでマネージャーとして切り盛りできるまでになるには苦労の連続だったとのこと。それでも店舗をひとつ任せられ、忙しい毎日を送っていたある日、同僚を介してご主人と出会うことになる。

もともとご両親も関西や九州の出身で西日本の方が身近だったという岡居さん。ご主人と付き合うようになり、初めて東北、岩手にやってきて、結婚を機に石鳥谷のご主人の実家に住み始めた。「抵抗はなかったですよ。遊びに来た時にひと通り四季を経験したし、旅が好きだったので、知らない土地には興味津々でしたから。なにしろ星がきれいで、山がきれいで、ひとりで感激してました(笑)山に囲まれた景色はあまり経験ありませんでしたし。よく漫画で見る形の虹も初めて見て感激しましたね」

花作りからどんどん仕事が広がる

花巻に来てすぐ花作りに誘われたそうだ。大変だと聞いていたので最初は「私にはお花を育てるなんて無理だろうな」と思っていたそうだが、そのうち90歳の義理の曽祖母などのアドバイスにより土作りから始め、1年後にはエディブルフラワーを作り始めた。

エディブルフラワーは食べる花。サラダやスイーツなどに使うと料理の彩りとして重宝されるし、「食べられるブーケ」などは話題性もある。今では季節ごとにさまざまな花を首都圏方面にも出荷したり、自ら東京でイベント出店したり、自営業のご主人にも手伝ってもらいながらファーマーズフローリストとして活躍中だ。

もちろん今までの経験を活かしてフラワーアレンジメントのワークショップを開催したり、捨てられがちな規格外の花を仕入れ、ジュエリー製作経験を活かして、ハーバリウムなど花と組み合わせた雑貨なども作って販売したり、花かご作りなども行なっている。

目指したいのは「人が集まる農園」

花巻市の農政課からの呼びかけによって結成された「農花(のうか)アグリヴィリーノ」にも参加、2019年からは市から独立して単独組織となった農業女子でイベント参加を一緒に行ったりしている。緩い協同組合のような組織だが、そこで仲間も広がっている。

初年度は田んぼの脇で275種の花を育てたそうだが、こぼれた種から自由に芽が出、雑草と共に育つ自然栽培になっている。今後、畑の一角に小屋を建て、ワークショップを行ったり、ここで採れたハーブを使ったお茶を提供したりしたいとのこと。

「家族でお花を買いに来てもらえるようになるといいなぁと思うのです。エディブルフラワーは食べるものなので無農薬ですし、お子さんも遊びに来てもらえれば。今はそんな目標があります」